第95回 牛乳・乳製品から食と健康を考える会開催

「日本人は牛乳をどう受容してきたのか~言説と流行現象を中心にたどる150年~」

【日時】
2018年11月19日(月) 15:00~17:00
【会場】
乳業会館3階 A会議室
【講師】
食文化研究家・料理編集者。
編集プロダクション オフィスSNOW 代表 畑中 三応子
食文化研究家・料理編集者。編集プロダクション オフィスSNOW 代表 畑中 三応子
【出席者】
「牛乳・乳製品から食と健康を考える会」委員
消費生活アドバイザー碧海酉葵
食卓プロデューサー荒牧麻子
毎日新聞社記者今井文恵
ジャーナリスト岩田三代
江上料理学院院長江上栄子
消費生活コンサルタント神田敏子
評論家・ジャーナリスト木元教子
作家・エッセイスト神津カンナ
ジャーナリスト東嶋和子
産経新聞社文化部記者平沢裕子
(50音順)
乳業メーカー:広報担当
日本乳業協会:岡田専務理事、本郷常務理事他
専門紙記者
出席者出席者
【内容】
今や日本人の食生活に根付いている牛乳・乳製品。今回は、日本人が牛乳と出会ってから、明治から戦後にかけての時代において、さまざまなドラマを経ながら、どう受容されてきたのかについて、編集者であり、近現代の食文化、流行食を研究・執筆されている畑中氏にご講演を頂いた。
【要旨】
1)牛乳は近代最初の「スーパーフード」
2)牛乳排斥論の台頭
3)学校給食の主役になった「ミルク」
4)栄養改善のスター、新しい「国民食糧」に
5)家庭料理に入った牛乳
6)牛乳否定本の登場
7)チーズの裾野を広げたチーズケーキ・ブーム
8)2000年代の健康ブームと牛乳

私と牛乳とのかかわりは、この「ファッションフード、あります。」の参考資料として「病気にならない生き方」という健康本を読んだのがきっかけでした。

ご講演

「病気にならない生き方」は、現代の西洋化した食生活や加工度の高い食品を否定するという、よくある内容ですが、当時、100万部超えのベストセラーになりました。その中で一番過激だったのが牛乳否定です。牛乳を徹底的に批判していることで話題になった本でした。
それまで私は、牛乳は体にいいと素朴に信じていたので、牛乳が体に悪いという言説があることに驚愕しました。それから牛乳のことを調べるようになって、その過程で、牛乳ほど褒められたりけなされたりの落差が激しい食品はほかにはないのではないかと考えるようになりました。今でもインターネットで「牛乳」で検索すると、“牛乳は超危険”といったようなアンチミルク説がたくさん出てきます。
どれもほぼ同じ内容で新鮮味はありませんが、特徴的なのは、「私たち日本人は牛乳が体によいと洗脳されて強制的に飲まされてきた」と、みな怒っていることです。
非常に感情的な言説が多く、一見、科学的な根拠で裏づけてはいても、ちょっとそこまではあり得ないだろうというような、トンデモな話が多いです。
生活習慣病もガンもアレルギーも、あらゆる病気の諸悪の根源は牛乳であるような扱いをされています。

その一方で、牛乳は体によい健康食品であると説くサイトも非常に多いです。
こと牛乳となると、みなどうしてこんなに熱くなるのか。牛乳が本当にいいか悪いかはともかくとして、牛乳が導入されてからの150年の毀誉褒貶(きよほうへん)を追っていくだけでとてもおもしろかったのです。
その150年を1時間でお話しするのが、今日の私のミッションです。

普及に利用された天皇ブランド

普及に利用された天皇ブランド

ご承知のように、文明開化は“イコール西洋化”でした。まず何よりも、欧米人を初めて見た幕末のサムライや公家は、あまりにも体格が違うのにショックを受けたのでしょう。当時の成人男性の平均身長は155センチ前後だったので、190センチの大男だったペリー提督より頭ひとつ小さい。大きければよいというものではなくても、そこまで違うと屈辱的です。
食べるものが余りにも違いすぎる。肉を食べ、牛乳を飲まなくては強くなれない。そう危機感を抱いた明治新政府の指導者たちは、食の脱亜入欧=西洋化に着手して、それまで禁じていた肉を食べて牛乳を飲むことを国策として進めました。

肉は675年の肉食禁止令以降も密かに食べられていたので、比較的すんなりと受容され、あっという間に牛鍋ブームが起こりました。
それに対し、乳製品の文化は完全に途絶えてしまっていたために、抵抗感がはるかに強かった。牛乳は牛の血液とみなされたため、血をけがれとする意識の強い日本人にとって、なんとも気味の悪い、とても容易には受け入れられそうもないものでした。

そこで利用されたのが「天皇」というブランドです。
早くも明治4年11月、天皇が牛乳を1日に2度飲んでいることが、「新聞雑誌」という木版刷りの新聞に報道されました。今でも宮内庁御用達と聞くと付加価値がつきますが、当時のお上は神様ですから、今とは比べものにならない力があります。
その人が牛乳を飲んでいるという事実が、牛乳に対する強い抵抗感を払拭する理由づけとして使われたわけです。
天皇は西洋化のシンボルでした。牛肉を食べたのがその翌年の明治5年1月、洋服を着用したのが同じ年の5月、断髪したのが明治6年の3月ですから、牛乳飲用は一番早かったわけです。

また、新政府は、牛乳を奨励するキャンペーンの一環として、明治5年、国学者の近藤芳樹に「牛乳考・屠畜考」という書物を書かせました。
これが日本で最初の牛乳に関する論文です。この論文で何より強調されているのが、古代の日本で善那という渡来人が孝徳天皇に牛乳を薬として献上したことと、それ以降に皇族に愛用されてきたという故事でした。
この「牛乳考」以降、牛乳を奨励する書物や雑誌の記事には、この故事が権威づけに必ずと言ってよいほど使われるようになっています。

この「牛乳考」は、「牛乳は最上の良薬で、常にこれを飲んでいると、弱い人は強くなり、老人が成年に若返る」と、薬としての効果の説明で始まっています。そして最後は、「牛乳がけがれていないことは明らかなのだから、疑う心を捨てて飲んでみなさい、虚弱や老衰に効くことがすぐにわかる」と終わっています。
この本は、牛乳の滋養強壮効果とアンチエイジング効果を力強く保証しました。

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